ひとりの人生

昨日、伯母さんが82歳の人生を終えた。
伯母さんは うちからと嫁いだ人で、お義父さんのすぐ上の姉にあたる

昨夜は伯母さんの家でいろいろお手伝いをして、いろんな思い出話に花が咲きみんな泣き笑い。そんなときに、葬儀屋さんから
「伯母さんの思い出のスナップ写真があったら10枚ほど出してもらえますか」と言われた
なんでも、お葬式の時に、映像として流すのだとか・・・・
お葬式も今では、こんな演出もあるんだ~ 

古いアルバムの中を一緒に思い出しながらめくっていく。
あたしはこの血縁ではないのだが、みんな小さい頃から知っているひとばかりなので、身内のように話に入っていくことができた。 子供を育て上げ孫に可愛がられて、本当に可愛いおばあちゃんだった。アルバムを見ながら 知られざる伯母さんの若かりし頃のエピソードを聞いた。

戦前にこの家に嫁いだ伯母さんは なんと、16歳だったという。
まだまだおさげ髪が似合う可愛い少女だったおばさん。新婚生活もなく、若きダンナさんは出征。その後8年間は帰らなかったという。まだ子供も居なくて(16歳じゃ自分が子供)それでも、しゅうと、姑、おまけに大姑に仕え、田んぼや畑や山に一生懸命頑張ってきた。
今の時代では絶対に考えられないことである。 親も辛かっただろうにナ~って思う。
時々は実家にも帰っただろうが、何が楽しみだったのだろう・・・・。
それでも、無事ダンナさんも戦争から帰り三人の子供たちにも恵まれて幸せな人生だったとアルバムの中の伯母さんは声が聞こえそうなくらいいつでも笑っていた。

亡くなる直前に、伯母さんの実の姉 (伯母さん2)がお見舞いにきてくれたらしい。それまで危篤状態意識もない状態だったのに、伯母さん2は、思い出話やいろんな気持ちを伯母さんの耳元で話したそうです。 聞こえるらしくうなずくしぐさまでする伯母さん。きっと嬉しかったのだろう。
もっと居たかったという伯母さん2の身体も考えて後ろ髪を引かれながら家族に付き添われ病室を後にしたそのすぐあとに伯母さんは眠るように息を引き取ったらしい。
喧嘩しながらもいつも仲の良かった金さん銀さんのような姉妹。きっと姉の来るのを待っていたんでしょうね。

昨夜、伯母さん2は心残りを埋めるかのように、ずっと伯母さんの横で添い寝をしていました。
独り言のような言葉を伯母さんにかけてあげる伯母さん2。
やっぱり姉妹は何でも話せる友達のような一番の身内だから・・・・。
だからこそ、いくつになっても伯母さんのの死を一番悲しんでるのは伯母さん2かもしれない。

皺でいっぱいだった伯母さんの顔は不思議に皺もなくとっても綺麗なお顔で微笑みすら浮かべていました。家族に見守られてきっと幸せな人生だったのでしょう

伯母さんのご冥福を心からお祈りをして・・・・
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by yumiyumi96 | 2007-01-14 12:10 | ひとりごと